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再生-イタリア紀行 with J #17 <6日目/ローマ③>

 

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バーではジェイが水の入ったコップを前にぼんやりと座っていた。
その背中は無防備で孤独だった。
この人はこれほどに孤独だったのかと、胸が痛んだ。
自分たちが何故出会い、惹かれあったのかがわかった。
何故ジェイが自分の心の暗闇の底まで降りてくることができたのかが、わかった。

ジェイは振り返り、すぐにケイに気づいて、輝くような微笑を浮かべた。
孤独の影が消え、幸福な微笑が広がるのを見ると胸が切なくなり、たまらなくジェイがいとおしかった。

『お酒じゃなかったの?』
『ええ。』
『なんでよ、好きなだけ飲めばいいのに。』
『頭を冷やしておきたかったんです。』
『ジェイ、ありがとう。』
ジェイが広げた腕の中に、ケイは身を預けた。
大きくてあたたかなジェイの手が、ケイの背中をやさしくなでる。
一度だけ息も出来ないくらい強く抱きすくめると、ジェイはケイのからだを離して言った。

『お腹がすきました。』

  ***

まっすぐにホテルに帰って、ルーフガーデンのレストランに予約を入れ、急いでシャワーを浴び、
すこしだけドレスアップしてテーブルに付いた。
ローマの濃紺の夜空に、ライトアップされたパンテオンのドームが浮かんでいる。
すこし肌寒かったが、ケイにはそれが心地よかった。

たっぷりと食べ、飲んだ。ゆっくりと時間をかけたせいか、食後感はそれほど重くない。
エスプレッソはカフェイン抜きのを、とケイが頼むと、今夜はどっちでも同じですよ、とジェイが笑う。
食後酒は部屋で、ということになった。

ケイは心地よい酔いを感じていた。
部屋に入るなりミュールを脱ぎ捨て、そのままベッドに倒れこんだ。
仰向けになり、大の字に手足を広げる。

『ああ、いい気持ち。私本当に生まれ変わったような気分よ。
ジェイ、お酒ちょうだい。今夜は朝まで飲もう。』

『ケイさん、朝まで他のことをしませんか?』
その言葉にケイは上半身を起こした。

ジェイがケイを見つめながらジャケットを脱ぎ捨てた。
ジェノバで最初の夜に着ていたのと同じジャケットだった。
漆黒のシャツのすそをズボンから引き抜くと、長い指がシャツのボタンを一つ一つはずしていく。
ケイはその指と、そしてしだいにあらわになっていく裸の胸に視線がすいつけられ、まばたきすらできなかった。
シャツのボタンを全部はずしたところでジェイがケイを見つめ、静かに言った。

『脱いで・・』

その言葉だけで、ケイはからだの芯がとけていくのを感じた。
ジェイがドレッサーの椅子を少しベッドのほうに引いて座り、長い足を組んだ。

ケイは起き上がり、ジェイの正面、ベッドの脇に立った。
今夜ケイは、胸がV字に開き、体の線を柔らかに強調するからし色のシルクのドレスを着ていた。
首にはゴールドと深緑のビーズを複雑に組み合わせたチョーカーを結び、
左腕にはおそろいのバングルをはめている。

チョーカーをはずそうとするとジェイが言った。
『それ、とても似合っています。はずさないで。バングルもそのままで。
ドレスと下着だけ、脱いで。』

ケイは両腕を後ろに回し、ファースナーをゆっくりとおろした。
ジェイの熱い視線にさらされているだけで、からだが熱を帯び、皮膚の表面がしっとりと濡れていくような感覚にとらわれた。
背中のファースナーをおろすと、右手で左の肩からドレスを滑らせ、反対も同じようにした。
するりと、ドレスが足元におちた。

『ドレスを拾って、こちらへ。』
足を横に一歩引き抜くようにドレスからはずし、かがんで拾い上げてジェイに投げる。
ジェイはそのドレスを胸に抱くようにして、顔を埋めた。
『まだ暖かい。あなたの匂いがする。』
そっと脇のテーブルに置く。

『さあ、続けて。』
両腕を後ろに回し、ブラジャーのホックをはずす。
ジェイがこちらにと手のひらを上に向けて差し出すので、それも投げた。
さあ、と目で促されて、ショーツに手を掛けた。
ジェイの目が、夜の海のように深い輝やきを帯びた。
ケイは視線をそらさず、ショーツを脱ぎ去り、同じようにジェイに放り投げた。

ジェイは椅子から立ち上がり、ブラジャーとショーツをそっとドレスの上に置くとケイの前に立った。
『きれいだ。たまらなくセクシーだ。』

ケイはジェイの望むことを何でもするつもりだった。
足を開けと言われればジェイの前に開くことに何のためらいもなかった。
このまま触れられもせずに、ただ眺めていたいと言われれば、朝まで立っていようと思った。

『僕も裸にして…。』

ジェイが自分の欲望を解き放とうとしている…。

ケイはまずジェイのメガネをはずし、デーブルの上においた。
いつものソフトな顔立ちが、一転して精悍なかげりを帯びたものに変った。
頬は濃くなった無精ひげに覆われ、そのために一層野性味が増していた。

両手をジェイのシャツの肩に差し入れ、そっと背中にそって滑らせた。
ジェイは腕を挙げようともせず、ただじっと、立っている。
ケイも脱がせたシャツを思わず裸の胸に抱いた。
『まるでジェイに胸を触れられているみたい。』
同じようにシャツに顔をうずめる。
『ほんと、まだ暖かくって、あなたの匂いがするわ。』

ベルトをはずす。
ズボンの、ファスナーをおろす。
ケイはこの作業を心から楽しんでいた。
すぐに終わらせるのがもったいなくて、なるべくゆっくりとファスナーを下げた。
ズボンを下までおろし、そのままひざまずいた。
足を引き抜くようにズボンを脱がせたあと、片足づつ靴を脱がせ、靴下も脱がせる

ジェイの胸は厚く、腕は太かった。腹部は固く締まり、足は流れるような曲線を描いていた。
あごから喉にかけて、そして胸や腹部の筋肉のくぼみにシャープな影が落ちて、
まるでたった今大理石から掘り出された肉体のようだった。
全てが輝くように美しかった。

ひざまずいたまま、ジェイの下着に手をかけ、そのまま下に下ろしていく。
みなぎる欲望をあらわにしたもう一人のジェイが、ケイの目の前に現れた。
『ジェイ、キスしていい?』
『ええ、してください。あなたのしたいように。』

そっと触れてみる。
『あぁー』
ジェイが小さく息を呑んだ。
その声に励まされて、ケイは唇を寄せ、そして口に含んだ。
どくん、どくん、と心臓が音をたてた。
それはケイの鼓動なのか、それともジェイの鼓動なのか…

『ケイさん、あなたが欲しい。』
ジェイはケイの腕をとって立たせると、ケイの体を抱き寄せ、唇を重ねてきた。
裸の肌が触れ合うと、触れ合った部分から電流が流れこみ、そしてすぐにまた流れ出て行くような気がした。
触れた唇は、火傷しそうに熱かった。
ジェイが、背中に回した左腕に力を込め、右手でケイの腰を引き寄せ、自分の右足をケイの足の間に入れる。
ケイはジェイの首に両腕を回し、しがみついた。
もう自分の足では立っていられなかった。

『すぐに、いいですか?』
『いいわ、ジェイ、来て。』
ケイの左足を自分の右足にからませるように抱きかかえ、一気にジェイがケイの中に入ってきた。
ケイの口から思わず声が漏れた。
気が付くとベッドに倒れこみ、片足をジェイの腰に絡めたまま、ケイは激しく喘いでいた。

言葉もなく、吐息だけが部屋を埋めていく。
あれほど欲しかったジェイが今、自分の中にいる、そのことの歓喜にケイは震えた。
その喜びは肉体的な快感をはるかにしのぐものだった。
ジェイのあえぎ声にケイの歓喜が果てしなく増幅していった。

  ***

『食後酒の代わりにシャンパンでも飲みますか?』
『ええ、なにか、すこし…』ケイはまだろくに言葉も出てこない。

ジェイは泡立つグラスを二つ持ってくると、それを上半身を起こしたケイの両手にもたせ、自分もケイの横に体を滑り込ませた。
『ジェイ、グラスを取ってよ。』
『いえ、少しもっていてください。こぼさないように。できればもっと手を上に上げて。』
そういうとジェイは、まずケイの腕のバングルをはずした。
それから首のうしろに両手を差し入れ、チョーカーの結び目をほどいた。
自分を守っていた最後のものがはずされたような、自分の全てがむき出しになったような気がした。

ジェイがあらわにされたのどに唇を寄せる。
ケイは目を閉じ、彼の舌を動きに耐えた。
やがてその唇はケイの喉から乳房に移った。

『これ以上だめよジェイ、先にグラスを取って。私こぼしてしまいそう。』
『こぼさないで。そのまま動かないで。』
ジェイは唇での愛撫をやめようとしない。

目を閉じ、ジェイの、ただ胸の先だけに加えられる刺激に必死に耐えていると、
感覚がその一点にだけ集中してくるのがわかった。
舌の先の動きにあわせて呼吸が激しくなる。
そこから体の中心めがけていくつもの波が押し寄せ、そして引いていく。

『ジェイ、おねがいよ、もうやめて。あなた私をどうするつもりなの?もう狂いそうよ。』
『狂わせてしまいたいんです。あなたの中の余分なものを追い出すんです。』
『もう余分なものなんて何もないわ。これ、飲みましょう。』

ようやくジェイが自分のグラスを受け取り、一気にそれを飲み干した。
『乾杯はなし?』
『乾杯はこれ』
そういうとジェイはケイのグラスからひとくち口に含むと、口移しにケイにシャンパンを飲ませる。
それはこの上ない甘美な飲み物だった。

そのまま再びキスが始まる。
ケイはジェイの裸の胸に手を沿わせた。
なめらかな肌の下にある強靭な筋肉が、ケイの手の下で無垢な生き物のように動くのはたまらなく官能的だった。
あなたにキスしたい。胸にも、肩にも、のどにも、お腹にも、脚にも、もう一人のあなたにも。

『ジェイ。あなたが欲しくてたまらない。あなたにめちゃくちゃにされたい。それ以外のことはどうでもいいわ。』
『ぼくもです。あなたを僕で満たしたい。僕を求めて狂うあなたが見たい。』

ケイは黙ってジェイの胸に唇を這わせた。
全身をくまなく愛撫したかった。
ジェイを覆う皮膚の上に、唇で、自分の欲望のしるしを刻み付けたかった。
いつしかジェイも、指と唇でケイの体の触れられるところ全てに愛撫を送っていた。

お互いに相手が欲しくてたまらない、それがわかって、うれしくて、与え合う前からすでに与え合っているような気さえした。
ジェイが望めばどんなことでもできる。どんなことでも。
その思いが、いやむしろなにかとてつもないことを私に望んで欲しいという思いが、
底なしの沼から湧き上がる魔物のようにケイを襲った。

先に降参したのはケイだった。
『ジェイ、もうだめ。これ以上じらされたら、本当に狂いそう。
お願いよ、あなたをちょうだい。』

しかしジェイはなおもケイをじらす。
進むかと思うと退き、与えたかと思うと奪う。
ケイは本当に狂ったようになってジェイを求めた。
やがて一気に彼に貫かれたとき、ケイの全身が空中に浮遊した。

ジェイに抱きかかえられて、体の細胞がばらばらになるほど激しく責められ、
泣き喚き、許しを請い、やがてその細胞のひとつひとつに絶頂のときが訪れた。
『ああジェイ!ジェイ、ジェイ…』
炸裂した無数の快楽の数だけ、ケイはジェイの名前を呼び続けた。

ケイは咲き誇り、蜜をしたたらせるリュウゼツランの花だった。


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