Lusieta

 

続・この場所から バレンタインバースディ 前編-2

 

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マミはマジだった。

真剣にぶんぶん振り回すが、ちっとも当たらない。

超スローボールのコーナーなのに。


それでもめげずにムキになって振り続けると、

不思議なことに当たりはじめた。

一度コツをつかんだら、おもしろいように当たる。


「マミ、お前、すげぇな。」


「でしょ~~。よし!ホームラン狙うからね!」



威勢のいいことを言っていたが、そのうち疲れが見えてきた。

そろそろ声をかけようと思ったころ、マミの様子が変だった。



泣きながら打っていた。

手で何度も目をこすりながら、それでも打ち続けるマミ。

そのうち体がふらついて・・・

次から次に飛んでくる球を体で受けそうだ。

慌てて中に入り、体を支えた。


「もう終わりにしよう、マミ。疲れたろ。」


「まだ。」


「え?」


「まだやるもん。最後までやるから・・・」


「もういい。」


「イヤッ! まだできる!」


「もういいんだ。」


「イヤーーー!!」


マミがついにしゃがみ込んで、大声で泣き出した。



「大嫌い!!大嫌い!!大嫌い!!

なによ!なんでよ!!
ひどいじゃない!
なんであの子なの?!

ひどすぎるよ・・・・ひどいよ・・・

あぁ・・・・」


うずくまり震える肩を抱いていた。


泣き続けるマミの肩先20㎝に

ど真ん中直球が、次々にびゅんびゅん飛んできた。


    
     そうだよな。

     ほんとにひどすぎるよな。

     


涙のダムが決壊し、ようやく洪水が治まるまで
どのくらいそこにうずくまっていたのかわからない。

手で顔を覆ったままのマミがつぶやいた。


「サトちゃん。」


「おぅ。」


「サトちゃんの携帯、鳴りまくり。」


「無視しろ。」


「そんなの無理。ほんとは忙しかったんでしょ。」


「気にすんな。」


「サトちゃん、ありがとね。
今日、知ってて付き合ってくれたんでしょ。
もう帰ろう。」


「どこに?」


「会社に決まってるでしょ。」


「なんで。」


「サトちゃんの仕事あるから。」


「もういい。」


「はぁ?」


「俺もイヤになった。」


「何が?」


「仕事。」


「うそつけ。」


「ほんとさ。エライ作家さんにへーこら頭下げて、
カメラマンやモデルや、デザイナーや、ライターや・・・・
み~~んなにあれこれ気ぃつかって、
いっつも季節二つ分先取りして、早く早くって急かされて、
それでまた誰かを急かして・・・・

疲れたから、今日はもう休みたい。」


「そうかそうか、よしよし。
毎日毎日ご苦労さん。

そういうことならしょうがねぇ。
このマミちゃんがつきあってあげてもいいよ。」


「それはうれしい。ありがとうございます。」


パンパンに腫れた目で、マミが笑った。

笑ったあと、ずるずるっと鼻をすすった。


「マミ、何する?」


「ゲームセンター」


「・・・・」



モグラ叩き、俺はもう疲れてうまく叩けない。
マミに笑われてる自分がおかしくて、大声で笑った。

彼女はあんなにバットをふりまわしたあとなのに、うまかった。
やりなれてるのか?


ふたりでプリクラなんぞを撮って後悔したりした。



帰るタイミングが見つからない。

っていうか、帰したくない。

マミをひとりにしたくない。

いや・・・

俺が、マミと離れたくなかったんだ。



寒い夜の街をぶらぶらと歩いた。

ストリートパフォーマーに、

「ブラボーだぜ、にいちゃん!」と叫ぶマミ。


さっきの泣き顔の気配なんてみじんも残っていないから

よけいに痛々しく思ってしまう。




     でも、そろそろ終わりにしないとな。




「マミ、お前、家どこ?」


「忘れた。」


「・・・・」


「あのさ、サトちゃん。」


「ん・・・」


「今日だけでいいからさ・・・・」


「え?・・・」


「いや、なんでもない。

今日は付き合ってくれて、ほんとにありがと。

すっごく楽しかったよ。」


「あぁ、俺も楽しかった。」


「ほんと?」


「ほんとさ。」


「ほんとかなぁ~。私、みっともなかったね。

 困ったでしょ。」


「んなことねぇよ。」


「サトちゃん、私がもっと若くてピッチピチで

 こわいものなしの時に会いたかったな。」


「なんだよそれ。今もお前、すっげぇキレイだよ。」


「・・・・・」


   
マミの口が一瞬ポカンと開いて、俺を見つめたと思うと、


「やだな~、そんな、ほんとのこと言っちゃってぇ~。」


     ありきたりの冗談をいいながら笑ったはずの彼女の目から

    ポロポロと涙が落ちた。



「お・・マミ・・・・」



     一瞬揺れた体を支えようとして両腕をつかんだ。

     コートの上からもその腕の細さがわかる。

     
     
「あ・・・ダイジョブだっていいたいけど、そうでもない。

 かっこいいサトちゃんから、キレイだなんて言ってもらうと

 すっげぇ感激してしまうぜぇ~。」

 

     そんな強がりがかわいくて、思わず抱き寄せた。

     コートごと抱きしめても、俺の胸にすっぽり入り込んでしまう。



「サトちゃん。」


「おぅ。」


「人が見てるよね。」


「あぁ。」


「恥ずかしい?」


「全然。」


「じゃあ、もうちょっと泣いていい?」


「おぅ。泣け。」


「・・・・」



     マミは、今度は静かに泣いた。

     俺の胸に顔をつけて。

     肩の震えはほんの微かなものだった。

     ただ、コートの中で俺の背中に回した細い腕から

     必死にしがみつくような切実さを感じていた。




ひとしきり泣いたらその腕がゆるんだが、

ふんわり体をもたれさせながら、マミはまだ離れようとしなかった。



「サトちゃん。」


「おぅ。」


「サトちゃんって、ほんとにかっこいいんだね。」


「そうだろ。何回も言わなくてもわかってるけどな。」


「はは~! そうね。んじゃあモテモテなの?」


「まぁな。」



     んなわけねぇだろ。



「サトちゃん・・・」


「おぅ。」


「どこまで知ってるの?・・・・・」


「ん?」


「私の今の、かなりかわいそうな状況、どこまで知ってるの?」


「う~ん、昨日事務所クビになって、今日鉢合わせしたとこまで。」


「・・・全部じゃん・・・」


「そうか。全部か。」


「な~んだ。みんな早いね、情報がいきわたっちゃってる。

こんど会ったらどんな顔して・・・

あ・・・もうみんなにも会わないか。

よかった。」



     強がるな。

     もっと泣いていいんだ。




「じゃあ帰るね。」


「おぅ。」



     帰るな。



「今日はありがとね。」


「あぁ。」



     マミ、帰るな。

     帰って一人で泣くな。

     


思いを振り切るようにマミの腕が離れた。

それと同時に、俺の腕でもう一度強く抱きしめた。




「マミ、今日は俺んち来ないか。」




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