マミはマジだった。
真剣にぶんぶん振り回すが、ちっとも当たらない。
超スローボールのコーナーなのに。
それでもめげずにムキになって振り続けると、
不思議なことに当たりはじめた。
一度コツをつかんだら、おもしろいように当たる。
「マミ、お前、すげぇな。」
「でしょ~~。よし!ホームラン狙うからね!」
威勢のいいことを言っていたが、そのうち疲れが見えてきた。
そろそろ声をかけようと思ったころ、マミの様子が変だった。
泣きながら打っていた。
手で何度も目をこすりながら、それでも打ち続けるマミ。
そのうち体がふらついて・・・
次から次に飛んでくる球を体で受けそうだ。
慌てて中に入り、体を支えた。
「もう終わりにしよう、マミ。疲れたろ。」
「まだ。」
「え?」
「まだやるもん。最後までやるから・・・」
「もういい。」
「イヤッ! まだできる!」
「もういいんだ。」
「イヤーーー!!」
マミがついにしゃがみ込んで、大声で泣き出した。
「大嫌い!!大嫌い!!大嫌い!!
なによ!なんでよ!!
ひどいじゃない!
なんであの子なの?!
ひどすぎるよ・・・・ひどいよ・・・
あぁ・・・・」
うずくまり震える肩を抱いていた。
泣き続けるマミの肩先20㎝に
ど真ん中直球が、次々にびゅんびゅん飛んできた。
そうだよな。
ほんとにひどすぎるよな。
涙のダムが決壊し、ようやく洪水が治まるまで
どのくらいそこにうずくまっていたのかわからない。
手で顔を覆ったままのマミがつぶやいた。
「サトちゃん。」
「おぅ。」
「サトちゃんの携帯、鳴りまくり。」
「無視しろ。」
「そんなの無理。ほんとは忙しかったんでしょ。」
「気にすんな。」
「サトちゃん、ありがとね。
今日、知ってて付き合ってくれたんでしょ。
もう帰ろう。」
「どこに?」
「会社に決まってるでしょ。」
「なんで。」
「サトちゃんの仕事あるから。」
「もういい。」
「はぁ?」
「俺もイヤになった。」
「何が?」
「仕事。」
「うそつけ。」
「ほんとさ。エライ作家さんにへーこら頭下げて、
カメラマンやモデルや、デザイナーや、ライターや・・・・
み~~んなにあれこれ気ぃつかって、
いっつも季節二つ分先取りして、早く早くって急かされて、
それでまた誰かを急かして・・・・
疲れたから、今日はもう休みたい。」
「そうかそうか、よしよし。
毎日毎日ご苦労さん。
そういうことならしょうがねぇ。
このマミちゃんがつきあってあげてもいいよ。」
「それはうれしい。ありがとうございます。」
パンパンに腫れた目で、マミが笑った。
笑ったあと、ずるずるっと鼻をすすった。
「マミ、何する?」
「ゲームセンター」
「・・・・」
モグラ叩き、俺はもう疲れてうまく叩けない。
マミに笑われてる自分がおかしくて、大声で笑った。
彼女はあんなにバットをふりまわしたあとなのに、うまかった。
やりなれてるのか?
ふたりでプリクラなんぞを撮って後悔したりした。
帰るタイミングが見つからない。
っていうか、帰したくない。
マミをひとりにしたくない。
いや・・・
俺が、マミと離れたくなかったんだ。
寒い夜の街をぶらぶらと歩いた。
ストリートパフォーマーに、
「ブラボーだぜ、にいちゃん!」と叫ぶマミ。
さっきの泣き顔の気配なんてみじんも残っていないから
よけいに痛々しく思ってしまう。
でも、そろそろ終わりにしないとな。
「マミ、お前、家どこ?」
「忘れた。」
「・・・・」
「あのさ、サトちゃん。」
「ん・・・」
「今日だけでいいからさ・・・・」
「え?・・・」
「いや、なんでもない。
今日は付き合ってくれて、ほんとにありがと。
すっごく楽しかったよ。」
「あぁ、俺も楽しかった。」
「ほんと?」
「ほんとさ。」
「ほんとかなぁ~。私、みっともなかったね。
困ったでしょ。」
「んなことねぇよ。」
「サトちゃん、私がもっと若くてピッチピチで
こわいものなしの時に会いたかったな。」
「なんだよそれ。今もお前、すっげぇキレイだよ。」
「・・・・・」
マミの口が一瞬ポカンと開いて、俺を見つめたと思うと、
「やだな~、そんな、ほんとのこと言っちゃってぇ~。」
ありきたりの冗談をいいながら笑ったはずの彼女の目から
ポロポロと涙が落ちた。
「お・・マミ・・・・」
一瞬揺れた体を支えようとして両腕をつかんだ。
コートの上からもその腕の細さがわかる。
「あ・・・ダイジョブだっていいたいけど、そうでもない。
かっこいいサトちゃんから、キレイだなんて言ってもらうと
すっげぇ感激してしまうぜぇ~。」
そんな強がりがかわいくて、思わず抱き寄せた。
コートごと抱きしめても、俺の胸にすっぽり入り込んでしまう。
「サトちゃん。」
「おぅ。」
「人が見てるよね。」
「あぁ。」
「恥ずかしい?」
「全然。」
「じゃあ、もうちょっと泣いていい?」
「おぅ。泣け。」
「・・・・」
マミは、今度は静かに泣いた。
俺の胸に顔をつけて。
肩の震えはほんの微かなものだった。
ただ、コートの中で俺の背中に回した細い腕から
必死にしがみつくような切実さを感じていた。
ひとしきり泣いたらその腕がゆるんだが、
ふんわり体をもたれさせながら、マミはまだ離れようとしなかった。
「サトちゃん。」
「おぅ。」
「サトちゃんって、ほんとにかっこいいんだね。」
「そうだろ。何回も言わなくてもわかってるけどな。」
「はは~! そうね。んじゃあモテモテなの?」
「まぁな。」
んなわけねぇだろ。
「サトちゃん・・・」
「おぅ。」
「どこまで知ってるの?・・・・・」
「ん?」
「私の今の、かなりかわいそうな状況、どこまで知ってるの?」
「う~ん、昨日事務所クビになって、今日鉢合わせしたとこまで。」
「・・・全部じゃん・・・」
「そうか。全部か。」
「な~んだ。みんな早いね、情報がいきわたっちゃってる。
こんど会ったらどんな顔して・・・
あ・・・もうみんなにも会わないか。
よかった。」
強がるな。
もっと泣いていいんだ。
「じゃあ帰るね。」
「おぅ。」
帰るな。
「今日はありがとね。」
「あぁ。」
マミ、帰るな。
帰って一人で泣くな。
思いを振り切るようにマミの腕が離れた。
それと同時に、俺の腕でもう一度強く抱きしめた。
「マミ、今日は俺んち来ないか。」
ーーーーーーーーーーーー
前の関連の話を読んでみようかと思ってくださったかたに・・・
アヤノが嫉妬した出来事は →ここをポチ
サトちゃんって誰?については →ここが入門編
→ここが応用編